2018年4月22日日曜日

個性の拠り所



 日本人は個性を演出するのが下手、とずっと言われて続けている。
 厳密に言えば、外から言われているのではなく、自分たちの自己批判めいたところがある。

 確かに、一時帰国の折に大阪や東京の街を歩けば、流行に身を任せたと思しき、さほど違いのない服装をした人達がそこかしこを歩いている。
 しかし、服装だけが没個性の理由だろうか。むしろ表情や身振り手振りの変化に乏しいことの方が問題ではないかなと思う。

 もし服装が大きな理由であるならば、ではカタル人たちはどうだろう。常に頭から足元まで真っ白な民族衣装に身を包んでいる彼らには個性がないのだろうか。そんなことはない。一人一人に個性がちゃんと見える。それは話し方であったり、変化に富んだ表情であったり。

 日本人の没個性はいったい何処に原因があるのか。選択肢が多いがゆえに生まれる「流行」に囚えられていることこそが、むしろ個性を埋没させているのではなかろうか。



2018年4月19日木曜日

景気後退?

 今年に入ってからモールへ足を運ぶ度に気になっていることがある。
 客足が減っている印象があることもそうだが、店員の過剰サービスが目につくようになった。ブランドショップに入れば店員が寄ってきてあれこれ薦めてくるのは以前と同じだが、ファストファッション系でも暇そうな店員が後を付いてくるようになった。

 とあるアパレル店で買い物した時、店員があれこれ世話を焼いてくれ、その時は最初から買いたいものが決まっていたので、特に追い払うこともせずに、最終的に1着を選んで買うことにした。

 いつもなら、「では精算はあちらのレジで」と指さして終わり。ところがその日は品選びを手伝っていた店員自らがレジへ行き精算をした。終わりかけに「買い物額が規定以上ありますので、ウェブで登録すると次回の買い物が何割引になります」とかなんとか説明が始まり、そして最後に「ウェブのアンケートにお答え頂く際には、店員○○が担当したとご記入下さいね」と。

 小ぶりなカフェでも「お料理はお気に召されましたか」と店員が食事の邪魔をするようなタイミングでやってきたり、とにかく皆が客からの評価を異状に気にしている感じがする。

 店員はどこも出稼ぎ外国人だ。モールは相変わらず増え続けているが、飽和状態ということも含めて、テナントの出足は鈍ってきている。グランドオープンと言いながら、中には改装準備中の目隠しがされたままのスペースが目立つ。

 外国人にとってはあまり景気の良い話は聞こえてこない。


2018年3月12日月曜日

デーツフェスティバル



 スーク・ワーギフ(Souq Waqif)で2月15日から開催している「デーツフェスティバル」に行って来た。3月15日で閉幕ということで、普段なら日が暮れてからの外出を嫌がる嫁さんが「早く行かないと終っちゃう」と積極的姿勢(笑

 会場は去年に比べるとほぼ倍の面積に。平日だったこともあってか、混雑する様子もなく、ゆっくりと見て回ることができた。

 カタル系のお店も並んでいるが、殆どはイラン産やアルジェリア、チュニス産のデーツを販売している。柔からめが好きな嫁さん、あちこち味見した結果、チュニス産とアルジェリア産を何箱か購入。正直言って安い感じはないが、普段スーパーなどでは手に入らない銘柄が一箇所で買えるのがこの手のフェスの醍醐味なので、まぁそこは突っ込まないことに。


2018年3月10日土曜日

キューバ病院


 キューバ病院へ運ばれた時に、まず個室に入れられた。せいぜい4人部屋くらいだと思っていたので、これには驚いた。
 そして診断に訪れた医師や看護師たちの殆どがキューバ人で、彼ら同士のやり取りは全てスペイン語だった。

 手術は、腹部に3箇所各数センチの穴を開ける方法で、幸い患部が破裂していなかったため開腹には至らなかった。
 手術後はICUへ。ここも日本の一般的なイメージである”大部屋にカーテンで仕切られて各ベッドが並んでいる”ようなものではなく、中央のナースカウンターを囲むように、大きな前面ガラス張りのドアの個室がいくつか並んでいる。各患者には8時間交代で専属の看護師が付き添う。毎朝5時にはベッドに寝たままで看護師と助手の二人が体を洗ってくれる。食事も流動食から固形食に変わった途端に、まるでレストランのような豪勢な料理が出るようになった。

 これだけ恵まれた治療を受けて、支払ったのは部屋代と薬代だけ。
 正直なところ、各エリアのヘルスセンターや市内の国立病院では医療レベルにやや疑問が残るが、キューバ病院に関して言えば医療もサービスもトップレベル。同じ国立病院とは思えない。
 

2018年3月4日日曜日

初めての救急車、そして手術


 2月22日の深夜に激しい腹痛のため救急車で市内の国立病院へ緊急搬送された。

 救急外来は噂に聞いていたとおり、大した怪我でもなさそうな出稼ぎ労働者たちで待合室は埋め尽くされ、到着してから医師の診断を受けるまで数時間を要した。

 X線などの検査の準備に入っていた段階で、医師が触診だけで「これは虫垂炎だね」と判断。検査をすべてキャンセルして手術することになったのだが、あいにく空き室がないという。カタルの国立病院は2018年初頭現在で4カ所。運び込まれたHamad病院の他に、Al Wakrah、Al Khor、そしてDhukan地区にあるCuban病院。結局どこも空きがなかったために、もっとも遠い場所にあるCuban病院へ搬送されることになった。

 手術は夕方。事前に症状確定のためのCTスキャンが行われたのだが、この造影剤の副作用がハンパなくきつかった。ずっと悪寒が止まらないままベッドの上でがたがた震えつつ施術の時間を待った。

 手術そのものは1時間半ほどだったらしい。手術台に運び込まれて、注射を一本打たれた直後に意識がなくなって、次に目が覚めたのはほぼ夜中。そのまま一般病棟へ戻されるのかと思いきや、血液酸素濃度など各種数値が足りないということで、ICUへ。

 妻はその間ずっと最初に通された一般病棟の個室で寝泊まりしていた。病院の周囲には何もないため、彼女の友達たちが日用品や着替えなどをわざわざドーハから運んできてくれた。

 ICUで過ごしたのは4日間。火曜日のお昼前にようやく一般病棟へ。
 体中に付けられた管やら針やらが徐々に減っていき、緊急搬送から一週間経った木曜日にめでたく退院となった。

 最終的に支払ったのは、1日当たり100リヤルの病室代を4日分(救急患者だったので、最初の2日分は免除される)と、薬代約180リヤルのみ。年に一度100リヤルで更新する健康カードを保有しているというだけで、これだけの金額でレベルの高い医療を受けることができるのである。ビザ申請で健康チェックが厳しく行われるのも頷ける。

 アラブ人医師や職員が多い他の病院と比べて、働いている人の殆どがキューバ人だったのも自分には肌があった。英語でのやりとりはそれほど苦痛ではなかったし、何より明るい彼らの性格に助けられた。それに補助で働いているネパール人やフィリピン人たちも、下の世話などイヤなそぶり一つ見せずにテキパキと動いてくれた。

 もう二度と手術や入院は味わいたくないものだが、万が一の時はまたここでお世話になりたい。

2018年2月14日水曜日

望郷


 元同僚のパキスタン人が、郊外の診療施設で診察の予約があるというので、車に乗せていった。

 この国では健康カードを申請すれば、外国人でも無料で医療サービスを受けることが出来る。しかし、健康カードの申請そのものが非常に厄介だ。彼も何度か申請が拒否されたりして、カードを受け取れたのは今年の始めになってから。

 そして、彼のような出稼ぎにとって、例え中古でも車を買うことは難しい。
 かといって毎回タクシーで移動となれば、少ない稼ぎを圧迫し、故郷への仕送りも滞ってしまう。

 かくも出稼ぎの暮らしというのは楽なものではない。それでも歯を食いしばって頑張れるのは、故郷で帰りを待つ家族がいるからだ。
 家族を守るためには時には狡猾になることもある。惨めな思いをしながらも乞わねばならぬ時もある。

 そんな彼らに同情などしても意味はなく、まして上っ面の言葉だけでは彼らの腹を満たすことなどできはしない。

 それぞれが自分の置かれた立場を自覚し、与えられた役割をこなしていくこと。ただただそれだけで、世界は回っていく。




2018年1月22日月曜日

自給自足


 昨年6月の断交以降、それまでサウジを経由して陸路で運ばれていた食料品の多くが店頭から消えた。
 もっとも打撃を受けたのはサウジ製が大勢を占めていた乳製品と、UAE産が多かった卵。いずれも当初はトルコなどから緊急輸入することでカバーしていたが、輸送の距離などからどうしても日付が古く、また空輸コストが上乗せされるために割高になってしまっていた。

 去年の暮れにまずは乳製品に国産品が登場した。それまでも僅かな量だが国産メーカーの商品は並んでいた。ただ味などでどうしてもサウジ産に負けていた。そこへ、牛を国外から4000頭輸入して、味でも差のない国産商品が店頭に並んだ。当初は高い値付だったが、販売が伸びるに連れて値引きが行われ、今月はとうとう以前のサウジ産と大差ないところまで落ち着いてきた。

 更に卵も国産品が大量に出回るようになった。先週スーパーで買った卵は、生産から3日ほどしか経っていない新鮮なもので、かつ値段もそれまでのUAE産に比べても格安に設定されていた。野菜なども消費が増えるに連れて徐々に値が下がり始めている。

 断交自体はまだまだ出口が見えないままだ。