2016年5月18日水曜日

望郷

 昨日は週に一度のホンモスの日w

 いつものようにカシミーリーの友達といつもの食堂で、しかしいつもとは違う窓際のテーブルに腰を下ろした。
 持ち帰りのために路駐する車と、隙を見て横断しようとする人の群れでやや混雑する対面通行の道路に目をやると、食堂の前の段差に座り込んでスマホを覗く出稼ぎたちの姿。
 ふと、留学したばかりの頃の自分の姿が重なる。

 学生寮の真ん中にあった広い食堂で、日々代わり映えのしない食事を取り終えたら、早足で部屋へ戻り、とぎれとぎれに波のように聞こえてくる短波ラジオの日本語の声に耳を澄ませていた。
 朝昼晩と短い営業時間内に売店まで出かけてテレカを買った。
 1枚800円くらいだっただろうか。それで日本へ掛けても話せる時間は5分もなかった。部屋に電話回線はなく、携帯電話といったらモノクロ液晶で、ネット接続なんて夢の中の話。

 時折、思い出したように手紙を出した。

 あれから17年。踏みしめて立つ場所も、過ごす時間も、思えば本当に遠くまで来たなぁ。

2016年5月10日火曜日

【雑感】本当の手助けとは黒子に徹することである

 当事者以外の人間が当事者よりも前にしゃしゃり出ると、問題はあらぬ方向へ拗れていく。

 得てして本人は「良いことをしている」つもりでいるから質が悪い。

 一方的な決め付けと断定によって代理者を気取った連中は、当事者たちも困惑するほどに問題をねじ曲げていることに気がついていない。

 身勝手な正義感は、悪よりも罪が重い。

2016年5月8日日曜日

ロンドン市長

 新しく選出されたロンドン市長が「ムスリム」だということで話題になっている。

 確かに欧州を代表する大都市の長にムスリムがなったということは注目すべきことかもしれない。
 しかしながら、この件で重要なのは彼が「移民の子」であり「労働者階級出身」であるという点だ。それに比べたら、彼がムスリムであるという事実は、ことさら話題にするようなことでもない。

 一応は「イスラムフォビア」と戦うといった趣旨の発言もしている。
 それは「ムスリム」として注目される自身の立場を意識したものであろうし、あるいはそれをうまく利用しようとしていることによるものかもしれないが、ムスリムに肩入れするようなことが目立てば、反発を招くことは当然解っているだろう。かといってムスリムが不利益を被るような事態を無視することも命取りになる。
 
 彼自身、ムスリムであることにばかりスポットライトを浴びせられるのは不本意だと思う。また、周囲がそういうところにばかり目を奪われていては、彼の手腕を見誤るだろう。

 SNSなどを見ていても、ムスリムがこの結果を好意的に見ているのがよく分かる。しかし、そんなことに喜んでいるから、ムスリム世界はいつまで経っても問題を抱え続けるのだ。